ちらりと姫君の方を見てウインクする。う、完全にバレてる。さすが母親、と言うべきか。
「さて、あんたが何でここにいるかの疑問は置いといて、やっぱりあたしはここにもいてはいけない存在なのでしょうね?月夜観さん。」
「だから、本名で呼ばないでとお願いしているでしょう!」
魔法使いがかなり本気で怒りながら言う。それでも間を置いて答えてくれた。
「ええ。歓迎できる状態では有りませんからね、今でも。これからあなたが巻き起こすかも知れない諸問題も含めて、創造主が現在進行形で存在する世界は厄介でしょうね。それに森羅万象の理からしても、あなたが居るべき所は他にあります。」
母は肩をすくめた。
「もう、情け容赦無しなんだから。その性格、モテないわよ。でも、あたし好みなのよね。」
 それからオレを振り返って真面目な表情になった。
 「さて、じゃあしょーがないから成仏しましょうか。」
「母さん…。」
「馬鹿ね…。何て顔してるの。」
それからまたオレに抱き付いてきた。そしてオレの顔を覗き込むようにして言う。
「お父さんに似て来たわね、はるか。あの不器用なお父さんをよろしくね。」
 またぎゅって抱き締める。
 「あんたにはまた悲しい思いをさせる事になるのが辛いけど、やっぱりあたしはここに居るべきじゃないと思う。それに…ほら、見て。あたしが自分の死を認めたから、お迎えが来たわ。」
見ると、白い影がふたつ、天井に近い所に浮かんでいる。
「ごめんなさい。いつもあんたには苦労と迷惑ばかりかけていたような気がするわ。母親らしい母親じゃなかったもの。」
それからオレの顔をじっと見つめた。
「大丈夫よね。後の事は青銀の魔法使いさんにお願いするわ。」
「承知。」
少し憮然とした表情で魔法使いは頷いた。母親はニッコリすると、オレから離れた。
「ばいばい。また会えるね。」
にこやかに手を振る。白い影がすうっと降りて来て、母親の両側にまるで抱き取るように立った。徐々に三つの影は薄らいで行く。
「母さん!」
オレは堪らなくなって叫んだ。また、この喪失感に苛まれるのか。
「馬鹿ね。彼女が見てるわよ。」
小さく笑いを含んだ声が聞こえた。それで最後だった。影は消えて、もう、そこには誰も居なかった。
「母さん…。」
オレの目頭が熱い。魔法使いが後ろから肩を叩いてきた。
「ご苦労様。わたしが想像していたよりかなりハードでしたね。まさか真実がこうだとは、神ならぬ身のわたしは予想もしなかった事です。はるか君、君は春華姫の名前に曳かれ、お母さんの思いに呼ばれて、この世界にやって来たのだね。この世界が君のお母さんに依って創造されたというえにしに導かれて。」
全ての謎は解けてみると物凄く簡単な事だった。オレは溜め息をついた。展開の早さに目が回るような感じがした。
(全く、母さんらしいと言えばすんごく母さんらしいけどね…。)
オレは口の中で呟いて、天を見上げた。
(今度こそちゃんと天国で大人しくしていてくれよ。オレと父さんが逝くまで。)

魔法使いが後片付けの為空中に消えて行き、オレは取り残された。丁度頭の整理が出来て有り難い。少し痛み出した頭を指先でとんとんと叩いていると、ふと視線を感じた。振り返ると姫君がかなり難しい顔をしてこちらを見ていた。
(?なんだろう?)
オレが不思議に思っていると、姫君はつと立って近づいて来た。真正面に立ち止まり、オレの目を覗き込むように見上げた。オレは姫君の顔が目の前に迫って、思わずどぎまぎとたじろいだ。
「守護騎士殿。私、何も知らずにいたのですね。今でも大して解ってはいませんけど、一つだけ解った事があります。私はここしばらくあなたにずうっと守られていたのですね。お名前を呼ぶのを許して下さいね。はるか様、ありがとう。」
彼女はつと背伸びして、オレの顔に顔を近づけて来た。
(うわー!このシチュエーションは!)
ゆっくりと彼女の唇がオレの頬に近づいてくる。オレの頭は爆発しそうだ。
(夢なら覚めないでくれ!)
思わずそう願う。
(でも、夢ならこういう良い所で絶対目が覚めるんだよな…。)
頭の片隅でふとそんな事を考えた。彼女の息が頬にかかり、唇の柔らかさが触れるか触れないか、という時。
ジリリリリーン!けたたましい目覚ましの音が頭に響いた。凄まじい落下感が襲って来て、直後オレは自分の家の自分の部屋、自分の勉強机で寝入っていた自分を発見した。
「やっば夢かよ…。チキショウ、良いところだったのにな…。でも、なんてぶっ飛んだ夢だったんだろう…。」
オレはまだけたたましく鳴り続けていた目覚まし時計のベルを止めながら呟いた。頭がイマイチはっきりしない。
「おーい、はるか!朝メシ出来てるぞ!早くせんと遅刻するぞ!」
階下から親父の声がした。
「やば!マジで遅刻する!」
慌てて仕度して階下に降りる。コーヒーの良い匂い。足音を聞いて親父がパンを片手にトースターに向かってくれる。
「おはよう。トーストで良いな?今朝のサラダはシーザーだぞ。」
「うん。おはよ。父さん、オレ、母さんの夢見たよ。」
「ん?そうか。母さんの事だからお前の夢の中でもハチャメチャな事やってたんじゃないか?」
親父が笑いながら答える。母親がいなくなってから、仕事をしながら一手に家事を引き受けてくれている。
「うん。相変わらずだったよ。」
オレも笑いながら答えた。
「あ、牛乳も飲まんといかんぞ。ほら。」
と、紙パックを差し出した親父が妙な顔をした。
「おい、その頭。この頃の流行りか?学校にそれで行くつもりか?」
「?」
オレは言っている事の意味が解らず洗面所に立って行った。そんなに寝癖が酷いのだと思った。 鏡の前に立つと、オレは危うく声を上げそうになった。
「マジかよ…。」
そっと呟いて額に手をやる。そこにはあの、魔法使いの輪が鈍い光りを放ちながら嵌まっていた。

  End


長い物語にお付き合い頂きましてありがとうございます。感想を送って頂けましたら嬉しいです。また、ご意見もお願いします。次回からはしばらく毛色の変わった短篇をお送りします。ホームページの猫日記もよろしく。  作者こたつ猫 拝







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