「…マジかよ…」
気が付いてみると、とんでもない事が目の前で展開していた。見渡すかぎりの草原。そんなのはどうでもいい。だが、春の柔らかい陽射しの中、よりにもよって二人の騎士が決闘している。
「…おい、おい…」
オレは夢でも見てるのか?いや、そんな筈は…。でも、この光景は…?そんな事を頭の中でぐるぐる考えていたら、いきなり騎士の首が血飛沫上げて吹っ飛んだ!ころころと勢いよく転がって、オレの前でピタと停まり、オレの事を睨み付ける。思わず意識が遠くなる。我ながら情けないでも、誰がこんな時平気でいられる?地面にへたり込みそうになった時、がっしりとした腕に支えられた。かの騎士達の残った方だ。
(うわあ、すんげえイケメンじゃん…。) なんてぼんやり考えていると、奴は極上の笑みを浮かべ、労りを込めた声で囁いた。
「大丈夫ですか、姫君。」
(ぬわにー?!)
オレはがばっと飛び起きた。慌てて自分の姿を確かめる。目に入って来たのはおもいっきりロリータ趣味のヒラヒラのドレス。
(うげぇっ!)。
何がなんだか解らなくなって頭に手をやれば、そこには紛れもなく小さなティアラみたいな物がのっかっている。
(…ぅ・嘘だろう…。)
頭がクラクラする。そんなオレの様子を見ていてどう勘違いをしたのか、奴はふうっとひとつため息をつくと口を開いた。 「わたしのした事がお気に召さない事ぐらい解っております。でも、わたしにはどうしてもあの男を信用する事は出来ませぬ。あの男の余りにも無礼な態度、脈絡のない話、どれを取っても姫君とあの男の同道を許す訳にはまいりませぬ!」
その台詞が終わるか終わらぬかのうちにいきなりオレの手が勝手に動いてピシリと鋭い音を立てて奴の頬を打った。
兜が飛んで、長い黒髪がはらりとその端正な顔に落ち被さる。
「あなたに何が解ると言うんです?!」
驚いたのは彼ばかりじゃない。何でオレの口からそんな台詞が、しかも可憐な女の子の声で飛び出して来るんだ?
オレが唖然としているうちに、勝手に口は言葉を続けている。
「私の気持ちが少しでも解ると言うのなら、どうしてそのような事が出来るのです?彼は手掛かりを持ち、そして私を助けて一緒に立ち向かおうと言ってくれたのですよ!」
「しかし姫!わたくしの気持ちはどうなるのです?わたくしとて姫の求婚者の一人一人なのですよ!」 彼は頬を抑えてすがるような瞳で言い放つ。でも、オレの口は容赦がない。
「だからといって、それが彼を殺してしまう理由になると言うのですか?!」
彼は黙り込んでしまった。伏せられた目が悲しげだ。オレの口か続けて言う。
「私はあなたの事を買い被っていたようですね…。あの申し出をして下さったのがあなたでしたら、とも思っておりましたものを…。」 そしてくるりと彼に背を向けると、ゆっくりと歩き出す。
「お待ち下さい!」 慌てて彼は後を追い掛けてきた。
「せめてこの馬にお乗り下さい。」
慌ててオレを軽々と抱き上げると、引いて来た馬に乗せる。それから自分もひらりとその後ろに飛び乗るとゆっくりと歩ませ始めた。
長閑な春の陽射しの中、見た目はのんびりと見える馬上にはいたってぴりぴりとした空気が流れ、オレの頭は爆発寸前だ。
(いったいこれは何なんだ?!)
オレの体だというのにオレの意志とは関係ない動きばかりしている。そして、オレが思いもしない事を口走る。
(やっぱりオレは夢を見ているんだ。) 結局、そういう結論になる。
(そうじゃなきゃこのめちゃくちゃな話の説明がつかない…。)
(あれ?そうだとすると、オレは何時の間に眠っちゃったんだろう…?) 確かオレは学期末のテストに向けての勉強中で、苦手の歴史年表を無理矢理頭に叩き込もうとしていた筈…。
(解った!それで居眠りしてて、こんな変な夢を見てるんだ!それにしても…。) オレは改めてあたりを伺ってみる。間近に、落ち込んだ表情の整った顔。
(オレってばそんな面食いのナルシストだったっけ?これじゃあ、まるで母さんの書いていたメルヘンみたいじゃないか!カッコイイ騎士とお姫様なんて!) 頭痛がしてきた。
(おーい、オレは誰?ここは何処?って聞きたくなって来た…。) いいや、そんな事は解りきっている。オレの名前は千葉はるか。高校二年生だ。母親は二年前に死んで、今はサラリーマンの父親との二人暮しだ。童話作家で王子様とお姫様のハッピーエンドラブストーリーばかりを好んで書いていた母。中世の風俗にどっぷりと浸かりきっていた。でも、一人息子のオレはてんで歴史オンチで、アレキサンダー大王とアーサー王の区別さえつかない。そんなオレがよりにもよってこんな夢かよ!
馬はゆっくり歩き続けている。オレがそんな事を考えていようがいまいが、この夢の展開には支障がないらしい。実際、おもいっきりリアルな馬の乗り心地で、ケツが痛いというのに、オレの感覚とは無縁の、冷たい空気が流れ続けている。やっぱり、オレはこの夢のヒーローって訳じゃあなく、姫君の中の客観的な意識にすぎないらしい。だから体も自由にならないんだ。変に納得してしまう。考えるのも面倒になってきた。いいや、もう傍観してやる!映画でも見ている気でいればいいんだろう?どうせ夢だ。リアルすぎる気はするけど…。
辺りは何時の間にか草原から城下町のような所に変わってきている。やがて城が見えてきた。
(おい、おい…。どこかで見た事があると思ったら、ディズニーランドのシンデレラ城かよ!) 内心ツッコミを入れてしまった。我なからすっかり居直って、気楽に眺めてやろうって感じになってきてる。別にいいよな。オレの夢だもん。
馬が城の前庭につき、騎士はひらりと馬から飛び降りた。全く、何をやらせてもカッコイイ野郎だ。そしてさりげなく手を貸してオレを馬から助け降ろす。いや、オレじゃなく姫君を、だ。そして恭しく手を取ると、城の玄関ともいうべき大門へと歩き出す。とたん、一人の女性が入口から、転がるようにして飛び出して来た。
「姫様!」
オレも思わず彼女に駆け寄る。いや、違った。オレを中に入れた姫君が、だ。二人はひしと手を取り合う。その女性の目には涙さえ浮かんでいる。
「姫様、よくぞご無事で。」
「乳母や…。心配をかけてしまいましたね…。」
「いいえ、わたくしの心配など姫様のご苦労に比べればいかほどのものでもございませぬ。それで姫様、いかが相成りましたか?」
オレはゆっくりと首を振る。
いや、オレじゃない。ええい、まどろっこしい!「姫君」で統一してやる!どっちにしろ似たようなもんだ。オレ自身なんだから。
「そうですか…。仕方がございませんね…。とりあえずあちらへ。両陛下がお待ちです。さぞかしご心配の事でしょう。お顔を見せて差し上げねば。」 その乳母は、姫君の手を引いて城の中へと入って行く。姫君はされるがままに引かれて行く。
城の中は最初、真っ暗で殺風景に見えた。でも、やがて闇に目が慣れてくるにしたがって、磨き上げられた石の床には赤い絨毯が敷かれてあり、両側の壁には様々な絵画や彫刻が飾られていた。オレには美術品の良し悪しなど全然解らないけど、たぶん物凄く高いんだろうとさっしはつく。それがかなり長い廊下にずらっと並んでいる。やっぱりマジに王城の中らしい。オレの夢だからほんの冗談でした、なんて落ちでもつくのかと半分期待してたんだけどな。
やがてようやく廊下の向こうに巨大な扉が見えてきた。どうやらそこが目的地らしい。謁見の間なのか、大広間なのか、扉の両側には衛兵がしかつめらしい顔をして、直立不動のまま、扉を守っている。
微かに軋む音を立てて、大扉は、ゆっくりと開いてゆく。とたん、光の洪水。薄暗い廊下からいきなり明るい室内へと入って行ったものだから堪らない。目が眩んで何も見えやしない。辺りの様子も掴めぬまま「姫君のお成りい!」の声に導かれるかのように歩いて行く。ざわざわと人々の気配が感じられる。かなり多くの人間がこの室内には居るらしい。ある程度進むと、姫君はすっとひざまづいた。とたん、辺りはしんと静まりかえった。
「よくぞ戻った。大事ないか?」
声のする方へと視線を上げると、やっと光に慣れて来た目に、ぼんやりと玉座に座る人物が映る。背に銀髪を流した堂々たる王者。
「無事で戻られた御様子。何よりです。」
震えるかぼそい声が後を続けた。隣の少し小さな玉座に座る女性。王妃らしい。じゃあ、これがこの姫君の両親か。
「はい。ご心配をおかけしました。」 姫君が答える。
「して、いかが相成った?」 少し 身を乗り出すようにして、王様は尋ねた。
「はい。それが…。」 姫君は口ごもる。とたん、後ろから声が上がる。
「申し訳ありません!わたしがあの者を成敗してしまいました。」
「お前は騎士ノアール。姫の後を追って行ったのだったな。それがまた何故にそのような事になったのだ?」 王様が眉間にしわを寄せて尋ねる。
「はい…。わたしはあの後すぐに姫君の後を追いました。どう考えても、あの男が真実を申しているとは思えませんでした。様子を伺いながらこっそりとあとをつけていくと、あの男はしきりに姫に無礼をはたらいている様子。そしてとうとう姫を草原で押し倒したのです。わたしはたまらずに飛び出し、決闘を申し込み、あの男の首を跳ねました。その事には後悔はしておりません。しかし、姫には余計な事だったかも知れません…。」 しょんぼりとした様子で彼は話した。
「そうであったか…。」 やはり意気消沈した様子で、王様は溜息をついた。
「それではもう、打つ手はないのか…?」
辺りは水を打ったように静まりかえっている。
「一体、どのような神のいたずらなのか…。何時の間にか現れた魔王にこの世界が侵食され始めた時に、それこそほんの初期の頃に、何らかの手を打っておれば…。まさかあの頃にはあやつの力がここまで大きくなるとは思いもせなんだ…。最初から世界中の魔法使いに号令をかけて、退治するべきであった。手をこまねいているうちに、あやつは力を増してゆき、事もあろうに我が姫を、我が国と我が国民の安全と引き換えに我が姫の身柄を、と言ってきおった!」 憤る王様の隣で王妃がわっと泣き崩ず折れる。
「あの騎士が我が元に参ったおりには、天の助けかと期待をしていたのだが、やはり単なるかたりであったか…。」 王様は天を仰いで溜息をついた。
「我は我が国と我が最愛の姫の身柄とのどちらかを選ばねばならぬのか?選べと言うのか?!」
静まりかえった広間には王妃のすすり泣く声だけが響いている。姫君が溜息を一つついて切り出した。
「お父様。私はこの国やお父様、お母様のためならばこの命、惜しいとは思っておりませぬ。でも、何もせずに、ただ投げ出すようにしてこの命、終えるには余りにも無念でございます。ですから一つお願いがあります。先程のあの騎士が道中、申しておりましたが、その昔、私の名付け親となった魔法使いが、東の果て、天山の頂上の洞窟に住み、多分、私の手助けをしてくれると言うのです。まだ魔王の指定した期日からは猶予のあることですから、どうか私を天山へ、我が名付け親の魔法使いのもとヘお遣わし下さいませ。」
瞬間、ざわざわと人々の間にさざ波の様にざわめきがひろがった。
「天山とな!」 王様が叫ぶ。
「あそこは魔の山ぞ!人の身では立ち入る事すら適わぬと言われておるのだぞ!」
「心得ております。」 冷静に姫君は答える。
「ですが赴く価値はございます。それに、幸いにも私には些少ながらも魔法の力がございます。普通の人の身とは違いましょう。」
「…わかった。決心は硬いのだな。だがしばし待て。いくらなんでも姫一人の身では余りに不憫じゃ。せめて誰か…。皆の者。我のたっての願いじゃ。誰ぞ姫の共をしてはくれぬか?」









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