ー―彼(或いは彼女?)は艶然とそこに立って見つめていた。その眼差しは無表情で各固樽ものだったが、瞳の奥には微かに微笑みがあった。私は…、いや、私達は、彼(或いは彼女?)に何もしてやれなかった。だが彼(彼女?)はそこに立って、黙って立って満足そうな瞳の色で、この私を見つめているのだ。そう、何もしてやれなかったのにあたかも何かして貰ったかのように。ああ、そうだ。私は何もしてやれなかったのだ。それなのに…。彼(彼女?)は張り出し窓に腰掛けて、黙って私を見つめ、この世のものとも思われぬ極上の微笑みを投げかけ、白い服、長い髪を翻して、消えたー― 。さながら午後の淡い光に溶け込んだように。辺りには彼(彼女?)の残した青い静寂に満ちた空気が垂れ込め、私は彼(彼女?)の立っていた張り出し窓の所をじっと見つめた。途端、静けさを破る電話のベル。友人からだった。ー―あの子が死んだ…。たった今、鉄橋から飛び降りて…。ー―その後を私は聞く事が出来な
かった。あの白い影は何だったのだ?背に白い翼でも付けていそうな…。私は例の張り出し窓を開けた。青い、青い海が打ち寄せていた。外はー―真夏だった。ふと空を振り仰ぐと白い翼が見えた。それは一瞬であり、日の光が邪魔をしてはっきりと見た訳ではなかったが、私にはそれが彼(彼女?)ではないかと思われた。余りに白く透き通り、余りに日の光に溶け込み…。ー―あれは、夢だったのだろうか。白い翼。微笑み。この世のものとは思えぬものー―





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