「今日は何日?」
「六日。七月六日だよ。」
「そう。さっきまた一人、仲間が死んだわ…。
「この星に人類が生まれて、いったいどれくらい経ったのだろうね…。僕達人類の歴史ももうすぐ終わる…。」
ここ、人類文明の発祥の地と言われるナイルのデルタに、今、最後の人類は集まっていた。既に様々な汚染物質で地表は汚染し尽くされ、海は干上がり、植物は枯れ果てた。この地上で生きているのは、ここに集う僅かばかりの人間だけだった。
「ねえ、何故私達が滅びなければならないの?死なねばならないの?この星をこんな風にしたのは私達じゃないわ!それなのに何故私達が、私が、この若さで死ななければならないの?!」
「お止し、ジェシカ。確かにそれは僕達の責任じゃない。でも、僕達の先祖の責任だ。つまりは僕達人類の責任なんだ。」
「でも、志緒。私、死にたくない!もっと生きていたい!」
「僕だってそうさ。でも、この地球にいる限り、僕達の命はもう残り少ない。様々な汚染物質で汚染し尽くされているのは、僕らの身体も同様なんだ。例え宇宙(そら)からどのような救いの手が差し伸べられようとも、今となっては手遅れだろうしね。」
「志緒…。でも…!」
「もう止めよう、ジェシカ。虚しくなるだけだ。」
「志緒、抱きしめていて。私、恐ろしい。この恐怖に私が押し潰されないように。」
「ジェシカ…。」
「T・K、まもなく月の軌道に入ります。」
「ああ、わかった。ロイス、やっと辿り着いたな。」
「はい。T・K、でも、ここから見る地球は、想像していたよりずっと酷い状態に見えますね。」
「そうだな。俺たちが教わった地球は、水と緑に包まれた美しい星だった頃の地球だものな。そして俺たちの先祖は、その美しい故郷を旅立ち、新天地に移住した。そこで新しい生活を営み、子孫を増やし、文明を築いた。地球とは方向の違う文明だったがな。今となってはそれが、地球には幸いしたと言えるかも知れない。地球を滅ぼしかけている汚染物質の分解法を、俺たちの親は知ることが出来たのだから。」
「親たちが地球を救おうと志してから、どれぐらいの時が流れたのでしょうね?」
「さあな。俺は四世代目だと聞いている。ロイス、お前は?」
「私は五世代目です。」
「こんなちっぽけな船で、たかが地球を救うために、何世代もかけて旅をするとはな。ある意味、馬鹿げている。」
「ええ。私もそう思いました。でも、結局は私も地球が愛おしい。我々人類の故郷だからなのでしょうか。」
「そうなのかも知れないな。俺もさんざん逆らってみたが、無駄な足掻きだったよ。結局こうしてこの船のキャプテン(船長)をしている。全ては地球を救うため、か。」
「はい。人生を賭けるに相応しい、大仕事ですね。」
「残念ながら、この船の中では他にするべき事もないしな。」
「そうですね。本当に残念です。」
二人の顔に苦笑いが浮かんだ。
「ねえ、ジェシカ。僕にも夢があったんだよ。科学を勉強して、自分の力で地球を救いたかった。」
「私にもあったわ。愛する人と結婚して、子供を沢山産むの。そして、いつかまた地球は私達の子孫で一杯になるのよ。」
「すごい夢だね。とても楽しそうだ。ねえ、ジェシカ。僕達、結婚しないか?僕も君と君の夢を共有したくなった。」
「志緒…、本気?」
「本気だよ。ジェシカ、僕の子供を産んでおくれ。僕も子供達のために出来る限りの事をしよう。」
「志緒、うれしい。私達、幸せになりましょうね。」
船内に緊急ベルが鳴り響いた。
「ロイス!何事だ?!」
「はい、T・K。地球を取り巻くバン・アレン帯や大気の状態が、この船には致命的なのが判明しました!」
「それはどういう意味だ?」
「このまま進めば間もなく、この船は空中分解して燃え尽きてしまう、ということです!T・K、どうなさいますか?」
「く…!」
一瞬の躊躇の後、T・Kは決断した。
「よし、ロイス。一か八か、賭けてみよう。我々全員が死ぬとは限らんだろう?だったら乗組員一人一人に資料のコピーを持って、救命ポットで脱出させる。俺は出来る限りのシールドを張って分解装置を守りながら軟着陸を試みる。この情報を全てのチャンネルに乗せて地球に流してくれ。もしかしたらまだ、その情報を利用できる人間が存在しているかも知れない。」
「わかりました、すぐに手配します。我々の中の誰かが生き残れば、まだ地球が救われる可能性が残る、と言うことですね。」
「そうだ。でも、俺が生き残る可能性もあるぜ。ここで引き返せば命は助かるが、俺達が背負ってきた夢を捨てることになるからな。俺にはこの、親からの夢を諦めることは出来ない。」
「私も同じ思いです。最善を尽くしましょう。」
ロイスが去った後、T・Kは除去装置の周りに厳重にシールドを張り、自らも重装備で傍らに寄り添った。
「グットラック、地球。願わくば俺達全ての夢を叶えさせてくれ!」
星が流れた。
「私達の子供が大きくなる頃には、フォログラフじゃない緑と海が甦るといいわね。」
「僕は精一杯頑張るよ。まだ未来はあるんだものね。」
二人は静かに寄り添い、空を見上げていた。途端、志緒のポケットに入れてあった非常用の無線機が鳴った。
「何だろう?もう電波を使える人間は、僕達以外に地上にいないはずなのに…。」
志緒は急いで無線機のスイッチを入れる。スピーカーから流れ出したのは、T・K達からの命がけのメッセージだった。
「あ…。」
その時、遙か上空で巨大な花火が散った。そして地上には流星雨が降り注いだ。志緒とジェシカは為す術もなく、手を取り合ったまま空を見上げていた。
end
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