雪がしんしん降るのでした。
惑星アルトシアには夏がないのでした。
いったいいつ頃から季節が移らなくなったのか、誰もが多くを知りませんでした。

灰色と白とに閉じこめられているのでした。
まるで魔法にでもかけられているかのようでした。
人々の心も暗く荒みました。
わずかな食物を争い、強い者は弱い者を踏みつけにしました。
何よりも増して悲しいのは、希望を託す子供達が唯の一人も丈夫に育たないことでした。

雪がしんしん降るのでした。
アルムとフェアラと言う子供がいました。
アルムは黒髪の男の子。フェアラは銀青色の髪の不完全体でした。
フェアラはどの子にも増して弱い子でした。

何の希望もないのでした。
ただ終末を待つだけでした。
それでも人々は生きていました。
心は凍りつきました。

緑の説話がありました。
フェアラはそれを信じました。
いつ何処でそれがあったのか、知る術すらなかったのですが
フェアラはそれを信じました。
このアルトシアすらも、一面緑の光に包まれるだろう、と。
緑は輝く。緑はやさしい。
人々の心も変わろうものを。
  いつの日か きっと 何もかも良くなるね。
  ああ きっと ね。
  だったらぼくは この星が緑に包まれるのを 見ることが出来るね。
  ああ きっと ね。
力なくフェアラは横たわり、アルムは頷くしかありませんでした。
  その時には みな 幸せになれるね。 争わずにも いられるね。
  ああ そうだね。 きっと ね。
どんなになっても涙は落ちるのです。
アルムは全てを知っていました。フェアラの命が長くないことも。
打ちのめされて何事にも動かなくなった心でも
フェアラを愛していたのです。
フェアラは感じていました。
人々の心が荒むのは、暗く澱んだこの雲のせいなのだ。
あの緑の説話のように、本当に、思いが緑に輝くならば
きっとあの雲を払う事も出来よう。
そうして光は緑を育て、人々を幸福にするだろう。
ぼくは夢見よう。緑の夢を。
この世界が緑に埋もれる日を。

いったいどういう訳で
フェアラがそんな心を持てたのか、誰にもわかりはしませんでした。
どうして何事にも憂える事なく、空を見上げていられるのか。

雪がしんしん降るのでした。
フェアラの身体は弱っていました。
何にも増してこの寒さが、フェアラの身体を弱くしました。
そんなフェアラのためにアルムは初めて罪を犯しました。
わずかな食物を盗んでしまったのです。
フェアラにはそれがわかりました。
それでもフェアラは微笑んでいました。
フェアラよりもアルムや人々の方が、もっと弱い人間なのでした。
フェアラはそれを知っていました。
アルムにはどうすることも出来ませんでした。
日々フェアラは弱っていきました。
  緑じゃなくてもいいのにね。
  この厚い雲が 晴れてくれたら
  それだけで 心は 和むのに。
フェアラ フェアラ
アルムにはわかりませんでした。
例えそれが起きたとしても、事態は変わらないように思われました。
それよりもアルムにはフェアラの事が大事でした。
  たとえば僕が死んだらば
  僕は一羽の小鳥になるよ。
灰色に閉ざされた日
フェアラはアルムにそう呟きました。
  だからね 空を見ていてちょうだい。
  僕はね、アルム 君に 青空をあげる
やがてフェアラは静かに目を閉じ、
次の雪の朝にはもう 目覚めませんでした。

フェアラ フェアラ。
アルムはそっとフェアラを抱き上げると
雪の降る外に出ました。
フェアラはだんだん透き通り
軽くなっていきました。
アルムがフェアラの身体を雪の上に フェアラが望んでいた通りに横たえると
フェアラは微かに緑の光に包まれたように見えました。
やがてアルムはそっとフェアラの傍らから離れました。

ふいに微かな羽ばたきの音が聞こえたかと思うと
すっと 一羽の小鳥が空に飛び立っていきました。
そして 小鳥の姿が消えた雲間からは
さっと一筋の光が射し込みました。
皆が待ち望んだ光でした。
やっとアルムにはわかりました。
なぜフェアラが笑っていられたのか。
小さい青空の欠片は
フェアラの話した緑の光よりも
眩しいものに思われました。


  end








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